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映画「テルマエ・ロマエ」レビュー

時空を越えた入浴スペクタクル!
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「テルマエ・ロマエ」


ご存知、「コミックビーム」で連載中の大人気漫画「テルマエ・ロマエ」
自分も1巻発売時に先輩に薦められその魅力に肩まで浸かってしまった漫画だけども実写化の話は流石に耳を疑った。だって日本人はたくさん出てくるけど主要人物は古代ローマ人だし「1話1話が独立している話が多いから一本の映画でオチをつけるのは困難でしょ!」と、ばかりに最初から期待値はだだ下がり。どうせ後で評判を聞いて「良かった見に行かなくて」と、いうつもりが「主演:阿部寛」の文字に釣られてほいほいと見に行ってしまったのだ…

原作「テルマエ・ロマエ」について簡単に説明すると、主人公である「ルシウス・モデストゥス」は浴場を専門とするローマの建築技師なんだけども、最近流行の派手で騒がしい様式の「風呂」についていけず仕事を干される。何とかして斬新な発想を取り込んだ伝統ある風呂を考えたい…そう考えながら入浴している時にひょんな事から現代の日本の風呂場へタイム・スリップし、古代ローマとのギャップに戸惑いつつもそこから新しい「テルマエ」の発想を得ていく…というもの。

作者の趣味も相まって決してアイディアだけの作品に留まっていない凄く面白い漫画なのだが映画の方は…
相も変わらずネタバレ全開モードでレビューしていくので「ネタバレ大丈夫」という方と「上戸彩」を批判されても泣かない方のみmore...から

全部「上戸彩」が悪い!!!

取り乱しました。

全部「ヒロイン」が悪い!!!

正しくはこうですね。


最初に言うのも何だか悪い気がするけども、映画化に際して原作漫画で各キャラの良かった所を消し去り、イライラするキャラを作るのは邦画の特技なのか…と思わされるシナリオだった。

主人公ルシウスを演じる阿部寛の演技は勿論、ハドリアヌス帝を堂々と演じきった市村正親の演説は素晴らしく、側近アントニヌスとして地味ながらも信頼深い男としての印象を見事に作り上げた宍戸開と役者には何の問題も無かった。脇役は若干オーバーリアクション気味になればなるほど日本親父の動きそのもので異国感を払拭してしまうような所はあったが、元々現地から役者を選ばないギャグみたいな配役であるためにそこまで気にはならない。
特に序盤から原作にある話を隙間なく消化していく作りは上出来で、オチのつけ方や演出はこの手の映画にしては綺麗に纏まっていると思った。


問題なのは最初に言った「キャラ」の方でこの映画におけるヒロイン「上戸彩」もしくは上戸彩演じる「ヒロイン」の存在が非情に鬱陶しいこと。原作4巻で「ヒロイン」とはいかずとも準レギュラーとして地位を確立している「小達さつき」に代わるキャラクターなのだろうが「才色兼備」はモチロンの事その「お淑やかさ」まで消えて「ドジで間抜けだけど思い込んだら全力疾走!」というキャッチコピーがお似合いな女性になってしまっているのだ。これが「ALLWAYS」だとか元気系女子が出てくる舞台のキャラならまだいい。だけどルシウスが「ローマにはいないタイプの女性」という事で日本の女性に違和感や興味を持つのが原作の醍醐味なのに、この映画に出てきた新キャラクターはそんな違和感も感じさせてくれなければ、いちいちドタバタコメディを展開するせいで尺が足りなくなってるのが如何ともし難い!!

未だにこの件は思いだすだけで腹が立つのだがヒロイン役が「上戸彩」になったからこういうキャラにせざるを得なかったのか、脚本を決める段階で「これだったらウケるだろ」と思い考えたのかでだいぶ心象は変わってくる。


劇中のギャグや小ネタは原作にあったものも加え、映画ならではの演出でより笑える物に仕上がっていたのだからヒロインのコメディは過剰な水増しだし、それまでの感情の繋がりがギャグが入る度に印象が薄くなっているので主人公を諭すような台詞が入っても一切感情移入ができなかった。

ヒロインである「山越真実」は漫画家志望を目指しているけども中々芽は出ず、先生には田舎に帰れと言われ、派遣のバイトは首を切られ、実家に帰ってお見合いすると決意するもルシウスの存在を忘れられずに結果はあやふや。一本筋が通っているものは殆ど無いにも関わらず「社会ってのは自分を犠牲にするもの!」だとか言い出すもんだからホトホト困ったものだ。最終的には物語の「オチ」をつける重要で素晴らしい役割が与えられているのだが、経過がどうにも悪すぎて満足感は一切得られず終い。

原作と扱いが違うキャラといえばルシウスの親友である「マルクス」もノリは軽いけど親友思いなキャラから、ただの面白デブに成り下がった挙句ルシウスの奥さんを寝取るという暴挙に出るし、次期皇帝候補の「ケイオニウス」も男性の駄目な部分が垣間見える憎めない奴からただの嫌な奴になっている。

加えて、ケイオニウスが疫病で死ぬ原因となった遠征が何の因果かアントニヌスが行くことになるとヒロインが「このままじゃ歴史が変わっちゃう!」とルシウスに伝えるシーンで、ルシウスは「ケイオニウスがハドリアヌスを神格化する気が無いんだったら死んでもいーよなー」と言わんばかりにアントニヌスを支持するシーンも「おい!」とツッコミを入れたくなってしまう。ハドリアヌス帝が大好きなルシウスなら当然の選択なんだけども本来誰もがいがみ合う気が無くなる「湯の心得」を持った原作なのに後味の悪さを残し、誰も得しないキャラのフォローも無く、当たり前のように進行していく話には気味の悪ささえ感じた。


兎に角、ここまで酷いことを言ってきたけどもいい素材はたくさんあったし、小ネタも面白いし、凄い笑いもあった映画だった事には間違い無い。だけども全編通してみた際に得られる満足感はそれに比べるとちっぽけだし、無駄な部分が丸見えなせいで悔しさまで感じてしまう程だ。
映画規模なのに相変わらず美術は弱く(セットは良いが素材は綺麗すぎだし、空気感が貧弱)
タイム・スリップの演出はくどく(漫画で例えるなら一話に4回もする上に全ての演出に1ページ以上使う)
感動するはずのシーンもキャラ設定で台無し。
予算は降りないだろうけども同じ設定、同じ画でも「ドラマ」で細かく作っていけば輝きを放っただろう。
尺が足りないなんて事もなかったし、フォローも入れられたし、もしかしたらヒロインもいいものに仕上がっていたかもしれない。実際にはたらればの話なんて意味ないんだけども、そんな考えが頭をよぎってしまう程「どうしてこれだけ揃って良い物にならなかったんだ…!」というもどかしさがまだまだ込み上げてくる。


もし、貴方がこの映画に興味を持っているのなら
「阿部寛の鍛えられた体と
に価値を見いだせるならオススメし、どうでも良いなら見ないほうが無難です。


原作の人気も相まって、大量のお金が絡むからこんなややこしい物になっちゃったんだろうなぁ…
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theme : 映画レビュー
genre : 映画

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