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映画「パシフィック・リム」レビュー

「今ここで死ぬか、イェーガーの中で死ぬか!!」
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ガッチャマンを観賞したその直後に見た「パシフィック・リム」。
今までひたすらに暗闇を描いてきた鬼才ギレルモ・デル・トロ監督が特に好きな「怪獣特撮」をハリウッドの技術で蘇らせた本作。ビジュアルやトレーラーだけでも期待値は物凄く高かったが期待を裏切らない熱気にあてられ観賞後はサイゼリヤでパンフレットに食いついてしまう程だ。
所謂ロボットや怪獣が好きな人達からは今年一番の声も強くこれからもそういう人が増えていくのは間違いない。兎に角、その圧倒的なスケールを感じて欲しい為に劇場で上映している間に見に行って欲しい作品。

相変わらずネタバレ上等なので視聴済み、ネタバレOKな方はmore...から


「ロケットパアアアァンチッ!!!」(CV:杉田智和)


突如世界に現れた巨大生物「KAIJU」。それに対抗する為に人類は二足歩行巨大ロボット「イェーガー」を作りこれに対抗した。KAIJUの出現直後は絶望に包まれていた世界もイェーガーが安定して彼らを倒すようになるとエンターテイメントとして受け入れられ、玩具やテレビ番組等がたくさん作られた。
当時、討伐数としては最高記録である5体目のKAIJUを倒すチャンスを与えられた「ジプシーデンジャー」のパイロットの「ヤンシー・ベケット」とその弟「ローリー・ベケット」はいつも通り人命救助を優先しつつもKAIJU討伐に成功したかに思えた。しかし、まだ倒れていなかったKAIJUの攻撃によりジプシーデンジャーは片腕を破壊され、Conpod(コックピット)内にいた兄まで犠牲となってしまった。何とか残る片腕でKAIJUを倒したもののジプシーデンジャーは再起不能、生き残ったローリーも心身ともに深い傷を負いイェーガーから降りる事になる。
それから5年、状況は一転しKAIJUの出現頻度や彼らの学習能力の高さから数十体あったイェーガーは残り4体になった。当時ジプシーデンジャーの司令官でもあった「ペントコスト」は各地の命の壁の建造に加わり日銭を稼いでいたローリーを見つけ、再びイェーガーに乗るよう説得する。最初は乗り気じゃなかったローリーもペントコストの一言により最後の作戦に参加する事を決意する。

と、いったあらすじ。
ギレルモ・デル・トロ監督の作品は「ミミック」「ブレイド2」「ヘルボーイ」と意外と目にしているものが多く作品群を見てもわかる通り確かな腕を持った名監督だ。向こうでは馴染み深いと言いづらいであろう怪獣映画の世界観をここまですんなり観客の頭にいれ、その設定に違和感を抱かせなかった事からも作りこみの凄さを感じる事ができる。実際に映画でちょろっと映ってるイェーガーやKAIJUにもしっかりとしたストーリーがつけられていて、映画や物語で重要なキャラクター年表というものが練りこまれている事が伺える。何故二足歩行なのか、何故巨大ロボットなのか、何故格闘戦主体なのか。そういった突っ込むと野暮になりそうな事にも全て理由がつけられており、それが綺麗に収まっているから素敵だ。劇中で説明しすぎないのも爽やかで良い。

序盤から感じられるド迫力のスケール感、エンターテイメントからサバイバルへと移り変わっていくスリル、仲間が次々と倒れていくなか状況を好転させるヒーローの登場、そして成功を祈らずにはいられない最終決戦。娯楽映画としてこれ程分かりやすく、熱くなれる映画も近年珍しいだろう。人間ドラマも「ドリフト」という記憶を共有する設定により最小限にまとめられ、多くの登場人物を物語に関わらせる事に成功していた。

だが、作品のレビューとしてあまり語れる事は多くない。
勿論自分はこの映画が大好きで、このレビューを見ている人も大体劇場に足を運んでいると思うけど「怪獣とロボットが殴り合いする」という事に魅力を感じていた人が殆どだろう。言ってしまえばその一点にのみ特化した映画であり、それ以外については期待をするのがお門違いというぐらい少年心を突く事に特化されているのだ。
日本の怪獣特撮について自分はあまり詳しくないが、恐らく多くの巨大怪獣ものは人間の身勝手から生まれたモンスターが大暴れをする…といったどこか後ろめたいものが基軸となっておりそこに惹かれた人も多いと思う。ギレルモ・デル・トロ監督もそこは理解しているし、それが怪獣映画にひと味加えている事もインタビュー等で触れていた。だが、ヒーロー物でさえ哲学や葛藤が氾濫している中、同じように重いテーマを持ち出して怪獣を描く事よりもまずは少年心に訴えるものを作る事に躍起になった筈だ。それは劇中でのイェーガーの誕生が「開発者である自分の子供が怪獣とロボットでブンドドしている所を見て」という設定にした事にも繋がっている様な気がする。キャッチーで分かりやすいサウンドにキャッチーでわかりやすいイェーガー、KAIJU。そしてこれでもかというぐらいド迫力な戦闘が見れればそれだけで胸が踊りスクリーンにきた甲斐があったというものだ。このシンプルさが監督の狙いだろうしそれは大成功ではないだろうか。

とはいえ、それでもキャラクターの相関図が薄味すぎる気も。
何より最後の任務を共にする予定のパイロット同士の繋がりが薄い事と、パイロットとイェーガーの絆というのもどこか淡白だ。1シーン2シーンちょっとした会話だけで人どなりが分かるようなシーンはいくらでもいれられる。ローリーとマコがやらかしたシーンでさえ他のイェーガーのパイロットは後々深く関わる彼らからしか話かけてこない。
おまけに過去自分の兄と共に戦い、ボロボロになりながらも復活したジプシーデンジャーに対しての対応があまりにも軽すぎる。5年というブランクを埋めたのはマコやマコの整備もあるのだろうし、それ程優秀なパイロットという事の裏付けでもあるがジプシーとの絆という要素も魅せらればもっと感動的であった筈だ。KAIJUと人類の壁を排除したのはイェーガーだというのに登場人物の殆どが彼らを命の壁同様、身を守る手段としか考えておらずどうにも乗り込む事や一緒に戦う事への感動が無い。人類の希望、とまで捉えているなら怪獣博士がKAIJUに接する様にもっと身近に捉えてもらいたいし、それがあればラストの自爆シーンは涙が止まらなかった筈だ。兄やその他の人との思い出が詰まったジプシーに対しての別れはあれで済ませて良いはずが無い。彼に対しての気遣いの台詞がもっと欲しかったところ。王道を突き進んでいるシナリオだが台詞にも拘りを見せるだけでまた評価はグンと上がったかもしれない。本来、人類&イェーガー VS KAIJU である筈が人類 VS KAIJU となってしまっているのがスッキリしない人もいる大きな理由だろう。


自分も見た当初は絶賛だったし、続けざまにIMAX3Dでの観賞もした。
だけどあまりにも称賛の声が多すぎるし生放送でも「逆に悪い所は?」と聞かれたのでtwitterでチラっと見ていた漫画家の島本先生や藤田和日郎先生のTLを参考に自分なりに考えてみた。
とはいえ悪い部分としてあげた所も見る人によっては全然気にならないし、むしろそれを廃した事でイェーガーとKAIJUの戦いに集中できたという可能性もある。
唯一致命的な欠点といえば一度劇場で見てしまったら小さい画面ではもう満足できないだろうという事。
こればっかりはもうどうしようも出来ないし、今後ディスクで見る人とも共有できない楽しみなのが辛い。
なので、先にも書いたけど劇場でやっている内に劇場に見に行く事をオススメします!
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theme : 映画感想
genre : 映画

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